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私のADPKD診療にかける想い

06 iPS 細胞の最新研究にみるADPKD 治療の発展性

病理や細胞に基づく患者起点の診療と研究

症例や日常診療から発想した研究を遂行

武曾先生

私が大学卒業後に入局した京都大学第三内科には、腎臓内科の臨床医は腎臓の病理※1も把握するという伝統がありました。現在勤務している北野病院でも腎病理の解析に力を入れており、院内の腎病理カンファレンスに加え、他施設と症例を持ち寄って解析する、京大北野腎病理カンファレンスなどを定期的に行っています。

腎臓の病理検査(腎生検といいます)は、尿や腎機能の異常の原因を確認し、治療方針の決定、予後の見通しを立てるために行う重要な検査です。体に針を入れる侵襲のある検査ですから、その重要性を納得してもらい、十分に安全を確保しつつ行います。これにより得られた情報を解析してこれを患者さんと共有しながら治療を進めます。病理組織の結果を踏まえたうえで病態の変化を説明する際には、医師側の視点が定まり、これが結果として患者さんの医療に対する安心感や信頼感につながります。

また、私は“途切れることなく続けていく” ということを診療や研究のモットーとしており、症例や日常診療から発想し、そこにつながる研究を遂行しています。特に思うように進まなかった症例や、患者さんの期待に沿えなかった症例の積み重ねの中で、少しでも前進するために、得られた貴重な血清や尿などの検体や腎病理組織の中にヒントを見出す。この方法で診療と研究に取り組んでいます。

※1 病理: 患者さんの体から採取された病変の組織や細胞から作った標本をもとに顕微鏡で観察して診断することを病理診断という

究極の目標は腎臓そのものの作製。患者さんが困っておられることに着目した研究も並行

長船先生

私たち京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の研究グループでは、主にヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた研究をしています。腎機能再生のための移植に提供できる細胞を試験管内で作製することや、新しい治療薬の開発研究を行っています。

究極の目標は、腎臓そのものを作って移植を行い、透析が必要な重度の腎臓病の患者さんを救うことにありますが、腎臓は他の臓器と比べ未解明な点が多く、構造や発生機構も複雑であるため完成にはまだまだ時間が必要です。その研究過程では、患者さんが困っていることにも着目しています。たとえば透析療法では皮膚に穿刺を行う必要があり痛みが伴います。その痛みの軽減のため患者さんから「皮膚だけでも作れないでしょうか」という御要望をいただくことがあります。このような患者さんが抱えている身体的な困りごとに対して、私たちの研究手法で手助けできることはないかと常に考えています。

ADPKD治療において現状の正確な情報をきちんと得ていただきたい

進歩した現状を医師から根拠をもって説明できる時代に

武曾先生

ADPKDの患者さんを定期的に診療していますが、一昔前は患者さんに全く良いお話ができませんでした。その当時の患者さんで特に印象に残っている方がいらっしゃいます。その患者さんは米国人の方でADPKDが判明したのち、何度も説明を求めて来られました。ADPKDの病気の特徴として少しずつ腎機能が低下し、そして症状が進行すると透析療法が必要になるケースもあります。そのことをお伝えしたところ、「米国に帰国しても、その状況は変わらないのでしょうか、良い治療法はないのでしょうか」と定期診療の都度、英語で一所懸命訴えてこられました。当時、ADPKD治療において提供できる良いデータや、治療に関するエビデンスはほとんどなく、その状況を繰り返しお伝えするしかありませんでした。医師として無力感を感じましたね。

しかし、現在は当時に比べ情報の質や量が全く違います。治療ガイドラインができたことで、患者さんに裏付けのある情報を提供できるようになりました。また、医療者にADPKD治療に関する情報が広がり、良い意味で画一的な治療が全国的に行えるようになりました。一般的にもADPKDの疾患啓発が展開されており、正確な情報の広がりが患者さんのご家族の理解を促し、良い治療へと繋がるケースもあります。

患者さんが病気について知ることは辛いこともあるかと思いますが、「現在、治療はここまで進歩しています」と医師からきちんと説明できるようになっています。その状況は私たち医師にとっても喜ばしいことですし、患者さんにとっても勇気づけられることだと思います。ぜひ、患者さんには適切な医療機関を受診していただき、きちんとご自身の体の状態を知るとともに、ADPKDの治療に関する正確な情報を得ていただきたいと思います。


“腎臓病療養指導士” 認定制度により、より質の高いチーム医療

武曾先生

また、腎臓疾患に関する診療体制の強化に対する対策が全国的規模で立てられようとしています。日本腎臓病学会で腎臓病療養指導士の認定制度が立ち上がりつつあり、2017年3月から認定のため第一回の講習会がスタートします。糖尿病の領域では、すでに糖尿病療養指導士制度が定着していますが、さらに今回の腎臓病療養指導士を職種横断的に養成することで、透析療法導入患者数の抑制を推し進めることが可能になります。腎臓病療養指導士の認定対象となるのは看護師、管理栄養士、薬剤師です。この制度を駆使することで腎臓病の診療において、医師とコメディカルと一体化した形でより質の高いチーム医療が展開されていくと期待されます。

iPS細胞が切り拓くADPKD治療の可能性

ADPKDとの出会いがiPS細胞研究の道に進むきっかけに

長船先生

20年前の話になりますが、私がiPS細胞を用いた腎臓再生研究に強い関心を持つきっかけになったのが2人のADPKD患者さんとの出会いでした。京都大学医学部附属病院の研修医時代、同僚の受け持ち患者さんだったのですが、医師になり初めて亡くなられた方を目の当たりにしたのがADPKDの患者さんで、確か大きな肝のう胞が総胆管閉塞を起こし多臓器不全に至ったと記憶しております。最後は人工呼吸器の装着や透析療法などできる治療はすべて行いましたが救うことができませんでした。もう1人の患者さんは、首の痛みを主訴として来院されたADPKD患者さんで、当初予想していたことではなかったのですが、試行錯誤の末に脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と診断しました。そして、脳動脈瘤の手術の日程も決まっていたのですが、その前日に大出血を起こし亡くなられました。このとき「腎臓や肝臓にのう胞を作らせない薬や脳動脈瘤を解決する方法をいつか開発したい」と強く思いました。何れもADPKDが元となっています。このようなケースもありますので、やはり患者さんには医療機関の受診のもと、早期段階、あるいはそれ以前からADPKDに関する知識をしっかり得ていただき、適切な対応をしていただきたいと思います。

また、皮膚や腸のように傷ついても盛んに再生を繰り返し元に戻る臓器がある一方、腎臓のようにいったん壊れると再生しない臓器もある、その違いは一体何だろうと疑問を持ったことも腎臓再生の研究の道に進んだきっかけの一つです。

再生医療の中核を担うiPS細胞とは

長船先生

現在、京都大学iPS細胞研究所で主に腎臓、膵臓、肝臓を対象としてiPS細胞の研究を行っています。

ノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学の山中伸弥先生らのグループは、2006年に4つの因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc) を使い、人工的に胚性幹細胞(ES細胞)と似た性質を持つ細胞を作製したことを論文発表されました。これがiPS細胞です。万能細胞とも呼ばれ、ES細胞のように増殖してさまざまな細胞に分化することができます。現在、iPS細胞から作製された細胞や組織を移植することによって、臓器機能の回復や疾患の治療を目指す再生医療の研究が盛んに行われています。わが国ではすでにiPS細胞から作製した網膜細胞を移植する世界初の手術が行われ、良好な結果が報告されています。

iPS細胞に関しては主に2つの研究のアプリケーションがあります。1つは、健康なiPS細胞から作製した組織や臓器を移植する再生医療の研究です。もう1つは、ADPKDのような難病の患者さん由来のiPS細胞から作製した組織を用いて、病気の診断法や治療薬を見つける研究です。

私たちの研究の最終目標は完全な腎臓を作製することですが、疾患モデルを作って腎のう胞や肝のう胞の発生を抑える治療薬の開発研究も並行して進めています。

腎臓再生に関する近年の研究成果

長船先生

iPS細胞研究所のグループでは、2013年にiPS細胞から腎臓の元になる中間中胚葉と呼ばれる細胞の分化誘導※2法を、世界で初めて確立し発表しました。腎臓再生への大きな一歩といえます(中間中胚葉は、腎臓や副腎、生殖腺へと分化する細胞を含んでいます)。その際に、尿細管のみですが一部の腎臓組織の作製にも成功しました。2015年にはiPS細胞から作製した腎前駆細胞の移植により、マウスの急性腎障害による腎機能障害や腎組織障害が軽減することを発見しました。ヒトに対してではありませんがiPS細胞を使用した移植で腎臓病に治療効果を示したのは世界初でした。

※2 分化誘導: 生物の発生分化であり、特定の組織や化学物質が、自然にもしくは人為的に別の組織や細胞の分化を引き起こすこと


iPS細胞を用いてADPKDの脳動脈瘤合併リスク因子を発見

長船先生

2016年にはADPKD患者さんの皮膚細胞からiPS細胞を作製し、分化誘導した血管細胞を用いて、ADPKDの病態の一部を細胞レベルで再現することに成功しました。ADPKDにおける脳動脈瘤合併のリスク因子としては、家族歴などが報告されていますが、有用なバイオマーカーはまだ見つかっておらず、脳動脈瘤が発生する仕組みも不明でした。この研究では、ADPKD患者さんにおいてMMP1※3という物質が脳動脈瘤合併を予測するリスク因子である可能性を示すことができました。今後は、同じようにADPKD患者さん由来のiPS細胞から、のう胞が発生する腎臓や肝臓の細胞を分化誘導して、のう胞が発生する仕組みのさらなる解明と治療薬の探索基盤を開発することが期待されます。

※3 MMP1 : コラーゲンなど組織の細胞間にみられる蛋白を分解する酵素の一種

武曾先生

今、長船先生がお話しされたADPKDの病態研究では、北野病院の患者さん4人(脳動脈瘤合併ADPKD 2名、非合併ADPKD 2名)が皮膚細胞を提供しています。患者さんたちは「私たちの身体から、最先端のiPS細胞が作られるなんて夢のようです」と話されており、みなさん今でも研究の進捗を熱心に見守っています。未来への期待が広がる研究に対して大きな希望を持たれています。また、ご自身の体の一部が医学の進歩に貢献しているという思いは、患者さんご自身の治療意欲も高めているようです。

今後、さらに臨床医と基礎の医師が密に連携し、質の良い研究ができるシステムを作り上げていきたいと思います。

腎臓の再生医療におけるステップ

長船先生

現在、iPS細胞から腎細胞は作製できるようになっていますが、腎臓は構成細胞の種類が多く構造も複雑であるため、臓器そのものを作製するには、まだまだ時間を要します。しかし現在、網膜細胞シート移植のように昔ではできなかった移植治療ができるようになり、これまで治らなかった病気が治るようになることが期待されています。つまり臓器全体を移植しなくても、治せる病気があるということです。腎臓を構成する細胞は30種類ほどあるといわれていますが、最も重要なのは腎臓の多くの生理機能を担う近位尿細管細胞と考えられます。この細胞を作ることができれば、移植療法の開発のみならず血液透析器の中空糸に貼付けたバイオ人工臓器を作ることなども可能です。このような観点からも研究を進めています。

武曾先生

腎不全が進行すると、結果的にさまざまな臓器に障害が及んできますし、筋肉や骨の機能も低下してきます。このような腎臓とは別の臓器や器官をサポートする新しい治療法も、iPS細胞の研究で可能になるかもしれません。腎臓内科医として、そうした技術の研究開発もぜひ推し進めていただきたいと思います。

専門医の受診のもと正しい情報を入手していただきたい

長船先生

慢性腎不全などの難治性腎疾患は、医学的のみならず透析療法が必要になることも多いため医療経済面からも大きな問題です。その根治的な治療法である腎移植は深刻なドナー臓器不足の状態にあります。この問題を解決するために、私たちの研究グループでは、iPS細胞を用いて腎臓再生の研究を行っています。ADPKDの病態研究においても治療に結びつく成果が出せるよう今後とも邁進していきたいと思います。

また、先ほどお話したようなADPKD患者さんのケースもありますので、患者さんには早期から適切な医療を受けていただければと思います。

武曾先生

ADPKDという病気は、当事者でなければ分からない色々な悩みがあるかと思います。近年、ADPKDに関する情報はインターネットなどで広く開示されていますし、治療に関しても色々な新しい可能性が出てきています。その可能性に対して多くの医師や研究者が責任を持って取り組んでいます。ぜひ少しでも不安なことがあれば、専門医を受診し、ご自身の体の状態とともに治療に関する正確な情報を得て、現在の適切な治療を受けていただきたいと思います。

公益財団法人 田附興風会医学研究所 
北野病院 腎泌尿器センター 腎臓内科 武曾 惠理 先生

経歴

  • 1976年京都府立医科大学卒業
  • 1980年京都大学医学部第三内科医員
  • 1984年パリ市ネッカー病院研究員
  • 1985年フランス国立科学研究所(CNRS)客員研究員
  • 1986年京都大学医学部第三内科助手
  • 1992年京都大学医学部第三内科・後循環病態学講師
  • 2001年公益財団法人 田附興風会 医学研究所 第一研究部主幹、同北野病院腎臓内科部長
  • 2004年公益財団法人 田附興風会 医学研究所 副所長
  • 2016年公益財団法人 田附興風会 医学研究所 北野病院腎臓内科 非常勤医師
    京都大学医学部臨床教授
    京都府立医科大学非常勤講師(総合人間学)
京都大学iPS細胞研究所 教授 長船 健二 先生

経歴

  • 1996年京都大学医学部卒業、京都大学医学部附属病院老年科入局
  • 1996年市立舞鶴市民病院、京都大学医学部附属病院、兵庫県立尼崎病院
  • 2000年東京大学大学院理学系研究科博士課程
  • 2005年ハーバード大学幹細胞研究所/幹細胞再生生物学教室客員研究員
  • 2008年特定拠点講師、科学技術振興機構さきがけ研究員
  • 2009年京都大学iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門准教授
  • 2016年京都大学iPS細胞研究所教授

2017年3月作成
SS1703102

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