第17回 滋賀県在住 Fさん

子どもたちが大人になる十数年後には、治療法がまったく変わっているかもしれない。だから、必要以上にネガティブになる必要はないと思うんです。

子どもたちが大人になる十数年後には、治療法がまったく変わっているかもしれない。
だから、必要以上にネガティブになる必要はないと思うんです。

2人のお子さんの子育て真っ最中にADPKDと診断されたFさん。いつか子どもたちにも疾患について説明をする日が来ますが、必要以上にネガティブに考えることなく、自身の体やADPKDともじっくり向き合いながら、子育てと仕事に忙しい毎日を過ごしています。

2人のお子さんの子育て真っ最中にADPKDと診断されたFさん。いつか子どもたちにも疾患について説明をする日が来ますが、必要以上にネガティブに考えることなく、自身の体やADPKDともじっくり向き合いながら、子育てと仕事に忙しい毎日を過ごしています。

“自分の都合”で子どもの授乳期間を短縮したくなかった “自分の都合”で子どもの授乳期間を短縮したくなかった

今から4年前、当時31歳だったFさんは、3歳と生後半年のお子さんを育てる忙しい毎日を送っていました。そして、ADPKDと診断されたのもこの頃だったといいます。きっかけとなったのは、ADPKDであるお父さまが脳梗塞で入院されたこと。主治医だった脳外科の医師は、娘であるFさんも腎臓内科を受診して早めの対処をすることが望ましいとアドバイスしたそうです。
「父は以前から腎臓内科を受診しており、ADPKDという疾患の名前も耳にはしていました。また、腎臓疾患を患い透析を受けている親戚もおり、私もいつかはしっかりと検査をしなければと思っていました。でも、特に自覚症状もなく、社会人になって受けるようになった健康診断で血圧の上が135~140程度と若干高い以外は何も問題がなかったため、緊急性を感じてはいませんでした」
ADPKDが遺伝性の疾患であることも知識としては頭の片隅にありました。しかし、当時は子育てに忙しいために時間が取れず、ようやく大学病院を受診できたのはそれから半年後。下のお子さんが1歳になる頃でした。ちょうど育児休暇が終了する直前であり、以降は子育てに仕事も加わりより忙しくなることが予想できていました。その前に受診だけはしておこうと考えたそうです。

「検査を行い、ADPKDであると診断されました。けれど、『あぁ、やっぱりな』と思った程度で、大きなショックを受けることはなかったように記憶しています」
それは、診断されたときに、ADPKDの治療法があることを医師から説明されたことも大きな要因だったとFさんはいいます。
「父やその兄弟など私の上の世代の患者は、ADPKDと診断されても食事療法などを行う程度で、他になすすべがありませんでした。そして、気付くのが遅れれば、早いタイミングでの透析が避けられないケースもありました。しかし、私は治療を行うことができる時代にADPKDと診断されました。父も母も私の診断を受け、『お父さんの入院が受診のきっかけになり、早めの診断と対処につながるのは幸いなことだ』と言ってくれました」
ただし、治療を開始したのはそれからさらに2年近くたってからでした。最大の要因は下のお子さんへの授乳期間だったことです。早めの治療を開始するために、卒乳を早める道もあったかもしれません。しかし、「その気は微塵もなかった」とFさんは言い切ります。
「“私の都合”で子どもの卒乳時期を決めたくなかったんです。だから、自然に任せることにしました。それと、子どもは2人までと思っていたので、私の人生にとっても授乳は最後となる貴重な経験。だから、今の状態を医師と相談の上で、治療よりも優先しました」

今までとこれからの経験が子どもたちにとっての教材となる 今までとこれからの経験が子どもたちにとっての教材となる

現在、7歳と4歳になったお子さんを育てながら、仕事にも復帰しているFさん。かつて想像した通り、目の回るような忙しさの中で、治療も開始しています。
「おそらく自分の人生の中で最高に慌ただしく、毎日がドタバタとあっという間に過ぎています。だけど、夫が家事にも育児にも積極的で、いろいろと助けてもらっているのでとても心強いですね」
FさんのADPKDについても、ありのままに、おおらかに受け止めてくれているそうです。もちろん、遺伝性の疾患であるADPKDについてお子さんにいつ伝えるか、検査を促すタイミングはいつか、ご夫婦で話し合っているそうです。
「私の通っている病院に50代のADPKDの患者さんがおり、娘さんへの伝え方を悩んでいるとおっしゃっていました。私自身が診断を受けた際は、両親や遺伝に対して恨むような気持ちはまったくありませんでした。でも、その患者さんの葛藤を聞いたとき、親となったからにはいつか私も子どもに伝える立場になり、悩むときがくるかもしれないと改めて気付かされましたね」

しかし、Fさんは必要以上にネガティブになる必要はないと、明るい笑顔で話します。子どもたちが大人になる十数年後には治療法が今とはまったく変わっているかもしれない。そして、今までとこれからの自分の経験はすべて子どもたちにとって役立つ教材となるはずだからです。
「父の世代と私の世代の間でも透析を遅らせるための治療法が誕生し治療の選択肢が増えたわけですから、この後もどのような変化があるか分かりません。私が行っている治療法がより高い効果を発揮するように進化している可能性だってあると思います。だから、決して悲観的には捉えていないんです」
今のFさんの最大の楽しみは大切なお子さんたちの成長を見守ることです。そして、やがて子どもたちが大人になり子育てがひと段落したら、以前習っていたエレクトーン演奏をもう一度学び直し、音楽を楽しむ優雅な生活を送ってみたいとも教えてくれました。
「いつか夫婦でのんびりと過ごせる日のためにも、仕事も頑張って続けて貯蓄しておかないと(笑)。自分の体と向き合い、ADPKDともじっくり付き合いながら、今できることを精いっぱい頑張っていきたいと思っています」

ADPKDと診断された患者さんへのメッセージ

私は家族歴があったため、診断されても比較的スムーズに受け入れることができました。けれど、ADPKDという疾患を知らない状態で診断された人には衝撃が大きいと思います。腹部エコーの画像を見せられても、医療従事者でない限りピンとはきません。一方で、自覚症状がない場合も多く、受け止めることが難しいかもしれません。そんなときは、遠慮しないで主治医や看護師さんにどんどん質問しましょう。家族に不安を打ち明けてしまうのもいいと思います。分からないと怖さが大きくなりますが、自分の理解が進むことで必要以上に不安になったり悲観的になる必要はないと分かってくるはずです。一人で抱え込まず、周りの人に頼っていいと思います。

私は家族歴があったため、診断されても比較的スムーズに受け入れることができました。けれど、ADPKDという疾患を知らない状態で診断された人には衝撃が大きいと思います。腹部エコーの画像を見せられても、医療従事者でない限りピンとはきません。一方で、自覚症状がない場合も多く、受け止めることが難しいかもしれません。そんなときは、遠慮しないで主治医や看護師さんにどんどん質問しましょう。家族に不安を打ち明けてしまうのもいいと思います。分からないと怖さが大きくなりますが、自分の理解が進むことで必要以上に不安になったり悲観的になる必要はないと分かってくるはずです。一人で抱え込まず、周りの人に頼っていいと思います。

2017年12月作成
SS1712921